シロザとアカザ

また両親の庭兼畑に行ってきました。

前回行った時は、思った以上に草が茂っていて、ガックリでしたが、今回は、そこまで茂っていなかった。

 

でも仕事は色々とありました・・・

手前から通路にぴょこぴょこ生えている雑草はシロザ。
(アカザだと思っていたのですが、今回調べたら、シロザでした。)

 

子供の頃、近所の埋立地でみた、アカザの紅葉の美しさは今でもよく覚えています。
色づき始めは黄色と赤、赤と言ってもマゼンタのような赤で樹木の紅葉ではあまりみられない赤色。

殺風景な埋立地の中で、鮮やかなアカザの紅葉はまるでそこに灯がともっているよう。
草を逆さにして吊るしたら、シャンデリアみたい、と思いました。

この紅葉が美しい草はなんだろうと、調べてアカザだとわかって以来、この葉っぱはアカザと覚えていました。

 

両親の庭や畑にもその葉っぱがよく生えてくるので、アカザだなと思いながら、抜き取っていたのですが、7月中頃に、アカザの紅葉がみたいと思って、50cmくらいに育っていたのを一本だけ残しておきました。

8月下旬にはこんなに大きくなった。

今回行ったら、これに緑色の花がいっぱいついていました。

葉が黄色くなったりしているけれど、茎に赤みもなく、これはもしかして、アカザによく似ているシロザ?

いずれにしても、そこらじゅうに芽が出ているのを見たので、このまま種ができたら大変なことになる、と取り除くことにしたのですが、茎の部分が直径4cmくらいになっていました。

 

↓ 脇枝を切り落としたところ。

そしてこの根がすごい。三角ぐわで周囲から掘りまくって、梃子の原理で根を浮かせてを繰り返してやっと、取り除きました。(自分で「撒いた種」じゃないけど、余計な仕事を作ったのは自分・・・)

 

これは後述のようにシロザでしたが、「アカザの杖」というのがあるそうです。

アカザの茎を乾燥させたもので、軽くて硬いので老人がもったそうです。
水戸黄門良寛も愛用していたとか。

 

松尾芭蕉の句にも登場します。

「宿りせん藜(あかざ)の杖になる日まで」

芭蕉が岐阜の妙照寺に滞在した時にお寺の住職に贈った句だそう。
「寺の庭に生えているアカザが成長して、杖になるくらいまでここにいられたら・・・」というもてなしに対する挨拶の句です。

 

実はシロザでもアカザと同様に杖が作れるそう。
杖を作るときは脇枝は切って伸ばすといいらしい。

畑に生えてきたこのシロザは脇枝が何箇所も裂けるようにして折れていました。おそらく強風のせいだと思うのですが、生の状態だと弱いけれど、乾燥すると硬くなり、ちょっとやそっとでは折れなくなるようです。

 

アカザによく似たシロザがあるというのは、知ってはいたのですが、区別が曖昧でした。

庭の群生

見分け方を調べたところ、葉の中心部が白いのがシロザ、赤いのがアカザ。

庭と畑に出ていたのは、シロザばかりでした。

子供の頃に見たのは、紅葉する前から茎や葉に赤みがあったので、アカザだと思いますが、こうして認識した上で考えてみると、近頃アカザと思って見ていたのはシロザだったようです。アカザの方が数が少なく、珍しいそう。

 

そしてシロザもアカザと同じように紅葉するそうです。

庭のは抜いてしまったので、ちょっと残念だけれど、この秋は、子供の頃にみたような紅葉を探してみようと思います。