『身近な雑草たちの奇跡』
このところ華やかな写真が続きましたが、このブログが本来取り上げるのは、お地味な草中心。
植物全般に興味があって園芸植物も好きだけれど、なんと言っても雑草にときめいてしまうのです。
子供の頃、埋め立て地を宝探しのように何か珍しい草が生えていないかとほっつき歩いた体験が刷り込まれていて、今もいつの間にか線路脇の植物やアスファルトの割れ目から生えている草に目が行ってしまう。
こういう道路脇とか、ときめく。
小さなスペースに多種類の草が生えているのが楽しい。
風になびき、光に輝くチガヤ(千萱) イネ科の植物は大好物。
世の中に植物好きという人はそこそこいると思うし、園芸好きな人は多少身の回りにもいるけれど、そこら辺の雑草が好きという人に出会ったことがありません。
ネットを探索しても、雑草駆除についてとか、食べられる草に注目している記事はあるけれど、雑草に思い入れしているものはあまり見つけられず。
同好の士の少なさに寂しい思いをしていたのですが、こちらの本を読み始めたら、「同感! 同感! 同感!」の嵐。
自分のはるか上を行く雑草愛、熱量に圧倒されてしまいました。一気に読むのがもったいなくて、ベッドサイドに置いて少しづつ読み進めています。
森昭彦著『身近な雑草たちの奇跡』(SB Creative刊行)
例えばこちら
この見過ごされがちな雑草。いいな〜と思っていたけれど、私も名前は知らなかった。
一部抜粋
「これにウットリするようになったら、そろそろ職業を変えたほうがよいかもしれぬ。・・・その姿をひと言で表せば ”風と光をはらむ”・・・公園のそこらじゅうに生えていても、「おお、相変わらず典雅であるな。今日という日の陽の光を、諸君は実に美しく抱いておるぞ」と、暑苦しいほど感嘆し、地べたに座り込んでシャッターを切る人を、幸いなことに、いまだ見ずに済んでいる。」
え〜?! 地べたでシャッターを切ってるよ。それって私じゃん!!!
そのあとも著者のこの草への絶賛が続く・・・
「ナギナタガヤは小さな群落で暮らすため、そこらじゅうで美しい無音の輝きが小波がごとく広がり、その得もいわれぬ神秘的な情景がいやに心に沁みるのである。」
うん! うん! うん!
「「あっ!」と思った方は、速やかに芸術家、園芸家、文筆家など、クリエイター稼業に転向されたほうがよろしい。・・・もっともうっかり平安時代の貴族邸のイメージが喚起されてしまった方は大変である。」
って、それも私のことじゃん! 子供の頃からの憧れは、平屋の濡れ縁から野原のような庭を眺めることだった。
「そのセンス、もはや常軌を逸しておる。・・・速やかに世俗を離れ、わたしたちを心の平安へと誘う指導者となるべきである。心の準備はできたでしょうか。」
だって・・・
先日のバラ園巡りでも、バラの美しさに酔い、近くに居た見知らぬ人が思わず発した「何でこんなにきれいなの!」という悲鳴に近い感嘆の言葉に深く同感しました。
でも、山下公園に行く道すがらで出会った、こちらにも胸キュン。
最初はただ茂ってるだけかな? と思いましたが、多分意図的に残して茂らせているのじゃないかと・・・
ヒメコバンソウ(これの親玉みたいなコバンソウをベランダで育てた話も前に書きました)
近くにはこんな草地もあったし。
やっぱり少数派とはいえ、同好の士はいるのねと誰かしらぬガーデナーにシンパシーを抱いたのでした。
植物好きって本当にお得というか・・・ときめき要素がそこらじゅうに溢れているのだから幸せなことですね。
『身近な雑草たちの奇跡』の著者も、〔幸せのありか 植物を見る人々〕という一文で、「玄関を出たら、すでに幸せなのである。」と書いています。
ここまでピッタリくる植物エッセイに出会ったのは、初めてです。
あ〜読み終えるのがもったいない!