ロンドン 秘密の庭

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極度の方向音痴だという話は前回書いた。

そんな人間が海外に行くとどうなるか?

もちろん、道に迷う。

 

ヨーロッパの街中では、建物の側面に通りの名前のプレートが貼ってあるので、だいぶ助かる。フィレンツェなら、ドーモが見えたらドーモまで戻って、ドーモを背にして〜と地図と合わせればなんとかなる。

でも時には、目印もなく、拙い英語で人に聞くのも勇気がいるが、そもそも人通りがない、なんてこともある。

 

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ロンドンで、シャーロック・ホームズ博物館を訪ねた後、リージェンツ・パークに行った。水辺の植栽の優美さに感激したり、芝地に置かれたデッキチェアが有料と知って驚いたりしながら、ローズガーデンへと進み、ちょうど見頃の秋薔薇を堪能した。

その後、同行者と別れて、一人でマリルボンハイストリートの方へ出るつもりで、インナー・サークルという円周道路を歩いていた。

 

ところが何を勘違いしたのか(って、毎度のことなんだけれど)反対方向へズンズン。行けども、行けどもそれらしき曲がるべき道がない。(どうも曲がるべき道を違う道と決めつけて通り越したらしい)

人に聞きたくても、自転車で横を通って行った人はいたけれど、誰も歩いていない。

もう足がクタクタだった。一体自分は今、円のどのあたりにいるのだろう?  引き返そうかと迷ったが、円周道路だから、最悪一周すれば元の場所へは戻れるはず。そう思ってさらに歩いて行った。

 

すると左手にお屋敷のような建物が見えた。プライベートのもので、公開している様子はない。何の建物なんだろうと思いながらさらに少し歩いていくと、向こう側から歩いてきた女性が、スッと吸い込まれるように、左側の横道へと入っていった。このタイミングで人が来なかったら、横道にも気づかず、多分通り過ぎていただろう。気になったので、その人が入っていった方を何気なくのぞいたら、半開きの門の向こうに細い小道があった。

そして鉄の門に、お知らせが取り付けてあるのに気がついた。

 

Dear Visitor,

Welcome to Saint John's Lodge Garden.

This is a small and peaceful space, designed as a garden fit for meditation and quiet contemplation.  Please respect this intention・・・

 

お庭? 入ってもいいんだ・・・

門の向こうの小道の上には緑のアーチがかかっている。魅力的だ。

 

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恐る恐る中へと入っていく。

小道の突き当たりを曲がると、視界が開けた。緑の芝と美しい植栽。さらに進むと、生垣や植栽で丸く囲われた部屋のような庭が連なっていた。

部屋の出入り口はアーチになっていて、一番奥の小さな部屋のベンチに座ると、隣の部屋、そして最初に入ってきた中央に銅像のある大広間のような庭まで見通せる。そのさきに先ほど見たお屋敷がある。

 

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静かだ。さっき入っていった人はどこへいったんだろう? 私、一人きり? 

ものすごく現実離れしたところにいるような気持ちになる。

不思議の国のアリスになったような。

何と素敵な場所だろう! しかもこんな素敵な場所を独り占めしている!

喜びがふつふつと湧いてくる。

 

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しばらくしてから、芝地を歩んで進み、大広間を横切って、先ほど見えたお屋敷に近い方の一段低くなった庭へ行き、ベンチに腰かけた。ベンチが見えないような植栽になっているので、誰もいないと思っていたが、ベンチに座って、ふと顔を上げると対面側にもベンチがあって、本を読んでいる人がいた。先程の人だろうか? 目があった気がしたので、軽く頭を下げる。向こうも微笑んでくれたようだった。

 

そうこうしているうちに、日本語が聞こえてきた。

母娘二人に、日本語を喋る外国人のガイドがついている、と思ったが、あとで、ガイドではなく、その人が日本に滞在していた時の知り合いだとわかった。

思い切って声をかけた。素敵なところですね、とお互いに言い合って、そして肝心なこと(=間抜けなこと)を尋ねる。

「あの、ここはどこでしょうか?」と地図を差し出して、印をつけてもらった。

「!」こんなところにいたんだ・・・

いくはずの道から半周分、つまり真反対にいた。

 

その後もしばらく場所を移動しながら、この素晴らしい空間を味わった。

ベンチの中には、この庭が平和な天国だと思っていた、16歳で亡くなった少年を追悼して寄贈されたものもある。

 

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木の実を食べにきた鳥の声が騒がしく聞こえるくらい、静まり返っているのだけれど、時折、頭上を飛んでいく飛行機のゴーっという音に驚かされる。ヒースロー空港が近い。

 しかし、それも多分慣れてしまえば、気にならなくなるだろう。

 

瞑想と思索の庭。

またいつかあの庭のベンチに座って、来し方、行末に思いをはせてみたいものだ。

 

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