ロンドン 秘密の庭へ辿り着くまで

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方向音痴だ。それも極度の。

例えば修学旅行のグループ自由行動で、新京極(昭和の頃は修学旅行生のメッカだった)に行ったとする。女学生が好きそうなチマチマした可愛いものがあっちの店にもこっちの店にもある。目移りしながら、フラフラと歩いて一軒の店に入る。「あ〜可愛い! きれ〜い!」と夢中になっていてふと、「あれ? みんなは?」となり、慌てて店の外へ出る。途端に、左右のどちらから来たのかわからなくなる。行くべき方向がさっぱりわからないのだ。友達が見つけてくれなければそのまま迷子だ。

 

前の家に住んでいた時は、通勤に朝と夜で違う道を使っていた。ある日、昼間に、ふだん朝に使う道、つまり 家→駅 を 駅→家 の方向で歩いた。すると印象が全然違う。景色が新鮮だった。

 

バブル期、夜遅くタクシーで帰宅。車を運転しないので、道は運転手さんにお任せ。行き先だけ言って連れて行ってもらっていた。ある日、駅方向から家へ向かうのでなく、家を通り越した先の方から駅へ向かう道の途中で下ろしてもらうようなルートを取られた。これは無理。昼でさえ難易度が高いのに、夜とあって、全くわからない。

仕方なく、この辺で、と言って下ろしてもらったのだが、そこから真夜中に相当迷って半泣きで家にたどり着いた。以来、必ずこのルートで、と指定だけはするようになった。

 

仕事で初めていく場所は地図で何回も確認して、かなり時間に余裕を持って行く。それでも危ない時があるのだが、もっとも危険なのは、4、5回行って、さすがにもう大丈夫だろうと思い、地図も持たず、時間の余裕を取らずに出掛けた時。いつもと違う地下鉄の出口をそうとは気づかず、出てしまう。自信を持って、逆方向へどんどん進んでいき、だいぶたってからおかしいと気づき、慌てて走るようにして駅まで戻り、やり直し。

携帯のない時代に、汗をかきながら行ったお宅で、遅いのでどうしたことかと心配されている。地下鉄の出口を間違え云々・・・って、しどろもどろ。相手はもう何度も来てるだろうにと半信半疑の表情。情けない。

 

ところで、極度の方向音痴でありながら、運動神経抜群という人はいるのだろうか?

二重苦というか、当然というか、もちろん、運動音痴だ。新人の頃、仕事でよく行くお宅があった。古い四階建てのビルだった。三階建ての上にもう一個小さな箱を載せたような感じで四階があった。一階から二階へ上がるのにコンクリの急勾配の外階段があり、さらに三階からは、鉄のはしご段(歩くとカンカン音がする、向こう側が透けて見えるヤツ。これも苦手)で上がるようになっている。ここへ行くのは恐怖だった。上りはまだよいとして、下りの恐ろしいこと。低い手すりがついているのだが、普通に立っていると手すりに手が届きにくい。コンクリの階段をそろそろと降る。決死の覚悟。ここで何度靴のかかとを擦ったかしれない。幅の狭い階段から靴がはみ出すと落ちそうな気がして、奥ギリギリに足を置くからだ。当時は、まだ若く、見栄もあってパンプスを履いていた。

下駄箱には、かかとの革がすりむけた靴が並んだ(涙)

 

そのビルにだいぶ通って、住人ともあまり緊張せずに雑談ができるようになった頃、実は階段が怖いと告白したら、住人は呆れて、自分は、この階段を駆け下りるという。

さらに話の流れで、極度の方向音痴だと告げると、気の毒に思ったのだろう、「例えば、地球に負のエネルギーがかかるような時、隕石のようなものが落ちてくるとか、大変な危機が迫った時、あそこに逃げれば助かるという情報が流れると、普通の人は、迷わずにそこに行けるのに、方向音痴の人は、迷って逃げ遅れる。ところがその隕石のようなものは、安全だと言われた地帯に落ち、そこに逃げた人たちは全滅する。人類全滅か、という時、方向音痴の人々はあらぬ所にいたために、難を逃れていた。そのようにして、人類が生き延びるためには方向音痴の人も必要なのかもしれない」と壮大な話で慰めてくれた。

 

今まで、方向音痴で得をしたということはないけれど、方向音痴だから行けた場所がある。

前置きが長くなりすぎた。次回はその話を。

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