秋バラ尽くし6

お酒とチョコレート

横浜イングリッシュガーデンのバラ紹介の続きです。

バラには、お酒の名前のついたものがあるという話は以前に書きました。

今回、そんなお酒の名前のついたバラの一つに出会えました。

「ブランディ」Jack E. Christensen, Herbert C. Swim 作出 アメリカ  1981年

 

ヘンリー・フォンダ」作出者のChristensenと「ミスター・リンカーン」作出者のひとり、Swimの協同作出 。

この二人は、南カリフォルニアにある Armstrong Nurseriesで働いていました。
Swim氏は1906年生まれ(1989年没/83歳)、Christensen氏は1949年生まれ(2021年没/72歳)なので、年齢差、43歳。

 

Christensen氏は大卒後にArmstrong Nurseriesに勤め始め、2001年に退社してその後はガーデニングライターをしたり、オンタリオ州の高校で20年間、生物学を教えていたそうです。
バラの育種家としては、80種以上の新しいバラを開発し、1986年には、「Voodoo」というバラで、オール・アメリカン・ローズ・セレクション(AARS  全米で最も権威あるバラの賞)を最年少で獲得しています。

Herbert C. Swim氏もたくさんの品種のバラを作出されていますが、共同で作出されたバラでは、O.L.Weeks氏と「ミスター・リンカーン」(AARS受賞)、アーノルド・エリス氏とは「ダブル・デライト」(AARS受賞・世界バラ会議殿堂入り)などの名花を世に送り出しました。

 

バラの育種家たちは、自分の死後も自分が作ったバラが世界各地の庭で咲き続けていくことをどんなふうに思っているのでしょうか?
さらにそのバラが親となって、新しい品種のバラが生み出される可能性もある。
ロマンある仕事に思えますが・・・

 

中心部の美しいアプリコットカラー、外側の花びらがだんだんと渋い色になるのが、熟成されるお酒のイメージと重なります。

 

さてお次はブランディとも相性の良いショコラで。
これも色変わりが美しい個性的なバラですね。(これは鉢植えでした)

「ショコラ」浅見均作出 1988年

浅見均氏は1948年、兵庫生まれ。バラ園勤務などを経て、1984年に加東市にアサミ・ローズ・セレクションを設立。2014年には、赤いバラ「ローテ・ローゼ」の功績で、農林水産技術会議会長賞を受賞。現在は娘婿で育種家の佐藤靖雄氏と切り花を中心に伝統的な土耕栽培によるバラ作りを行っておられます。

 

ひょうごローズクラブの浅見氏へのインタビュー記事(2008年)によると、

「切り花のバラは一般的に5年くらい売れる品種はたくさんあるが、10年売れ続けるような品種は非常に少ない。
最近の傾向としては、開かないバラが多くなっているようだ。売る側や業務としてバラを飾る際には、開かない方が長持ちして具合が良いということもあるかも知れないが、バラは三分咲き、五分咲きと変化していくところを楽しむのが魅力であり、開いた方が美しいと思う。買ったバラが開かない場合、一般の愛好家はうれしいのだろうか?」 

と語っておられます。

 

バラの世界にも色々な側面があるのですね。
切り花と庭植えのバラとでは開発する方向性も違ってくるのか・・・
切り花の品種がそんなに短いサイクルで変わっているとは知りませんでした。

う〜ん、ロマンに浸っているだけでは、ビジネスにはならないですね。

オザキフラワーパーク2

前回に続いてオザキフラワーパークの紹介です。

2階へエスカレーターで上がると、どどーんと正面にクリスマスコーナー。

シカも売り物なのね。

たくさんのポインセチアが並んでいました。
ポインセチアも本当に多種が出回るようになりましたね。

 

クリスマスのオーナメントも売ってる。
イギリスのクリスマス・マーケットが思い出される。

 

そしてこちらは「かっこイイぜ」系?

植物園ですか?

2メートル以上ある木立シダ「ディクソニア・アンタルクティカ」大きいのは15万円。
一般家庭でこれを育てるのはなかなか難しそうですね。

2階には、植物関連本もあるし、フェイクグリーン、フラワーもたくさん。熱帯魚とか水草も売っていました。

 

そして、植木鉢も充実している。
焼き物、テラコッタももちろんあるけど、自分で持ち上げるのは危険(前に目の血管が切れた)なので、買うならプラスチックとか軽めがいい。
でも近所にあるのは、大体似たり寄ったりで、軽くてもチープな感じのが多いのですが、こちら、色々ありましたよ。それなりの重さはあるようでしたが。

カゴ類も充実している。

 

欲しかったけど、重くて見送った、アイアンの鉢置きもいっぱいあった。
だいたい適当に見繕うと、サイズがあってないとかやりがち・・・

そのほか鉢を上に置いてコロコロできるキャスター付きの台もあるし、花台も色々。肥料とか土とか園芸に関するものは大体なんでもあるのではないだろうか?

 

この日は2時間足らずで帰ってきてしまったけれど、ベランダ計画をよく練ってからまたゆっくり行ってみたいです。

2階には切り花を売るお花屋さんもありました。
隣接してカフェもあるし、午前中から出かけて行って焦らず、じっくり花選びするといいですね。

オザキフラワーパーク1

横浜イングリッシュガーデンの秋バラを紹介中ですが、ちょっとお休み。

オザキフラワーパークへ行ってきたので、そのリポートです。
NHKの「ドキュメント72時間」でも取り上げられたオザキフラワーパークは、練馬にある都内最大級の広さの園芸専門店です。

リポートと言っても、ベランダ用のビオラを買いに行ったので、途中からビオラ選びに熱中してしまい、外観すら撮っていませんが・・・

 

この日はかなり欲張った計画で、まずは石神井公園駅から石神井池の緑地側の池沿いを歩いて、三宝寺池を一回りして紅葉を楽しんでから、オザキフラワーパークまで歩いて行きました。
途中でお腹が減って、ランチタイムを取りました。

 

最近は行きたいところがあったら、まずGoogleマップで場所を確かめて、その周辺に食べるお店とか面白そうな所がないかを探すことが増えました。

今回も方向音痴なので、まずは入念に地図をチェック。

と、ちょうど道の途中にぽつんと街の洋食屋さんが。
コメントもいい感じのが多かったので、行ってみてもいいな、と思っていました。

三宝寺池を一回りすると、もうかなりお腹が空いてきました。定休日を調べていなかったので、やっているといいな・・・と歩いていくと、うれしいことに開いていました。

 

小さなお店でカウンターのみ。席数も8席ほどしかなくて、ちょうど1席だけ端っこの席が空いていました。ラッキー。

外にあったメニュー

ちらっとみて、もう心は決まっています。

席に着いた途端に「オムライスお願いします。」と言ったら、「普通のとスペシャルとどっちにしますか?」と言われ、違いを尋ねたところ、スペシャルは卵を多めに使ってふわっと仕上げてあるとのこと。

迷わず「スペシャルで」と。
隣の席の方はシンプルで美味しそうなラーメンを食べているところ、その隣はご高齢の家族4人。その向こうの二人は私の隣の人と一緒に近くで仕事をしておられるようでした。

お店はご夫婦で切り盛りされており、ご主人が小さな厨房で手際よく料理を仕上げていきます。調理器具がたくさん壁に吊るしてあるけれど、清潔できちんとしている。

 

さて、オムライス登場です。わ〜!卵の表面がなめらか〜
そして、変に凝ったドミグラスなんかじゃない、トマトソース。

これにお味噌汁が付いて900円。
近頃、ご飯を控えめにしてるから、3食分くらいのお米を食べてしまったかも・・・
お腹いっぱい、でも大変満足しました。

他の人たちが頼んでいた、定食の串カツ? カキフライ、中華丼とかみんなおいしそう。
後からきた常連さんが頼んでいた豚の生姜焼きも間違いない味なんだろうな・・・

メニューには、ナポリタンスパゲテー、ミートソーススパゲテーの他に街の洋食屋さんらしく、ウィンナスパゲテー、ハンバーグスパゲテーもありましたが、イタリアンスパゲテーというのも。どんなものなのかな?

こちらは洋食だけでなく、中華もあるのでした。
ナポリンタンも食べたいし、季節ものの冷やし中華もいいな・・・
また行ってみようと思います。

 

さて、燃料補給もしたし、また歩いていきます。
オザキフラワーパークにはかなり前に一回だけ行ったことがあるので、大通りに出たら見慣れた感じになってきました。

建物沿いが緑で覆われている。

所々にベンチ

前回は石神井公園駅からバスで早稲田高等学院近くのバス停で降りて、歩いて行ったのだけれど、道路沿いに「みどりバス」の停留所があるのに気がつきました。
みどりバス? 練馬区コミュニティバスでした。

1時間に一本、順天堂練馬病院行きがあり、練馬高野台駅に行ける。帰りはそれに乗ることにしました。現金払いかと思ったらパスモも使えました。このバスが使えるなら、行きは歩いたとしても帰りは楽ちんです。

 

さて、11:00に石神井公園入り口から歩き始めて、途中でランチして
オザキフラワーパーク着13:15
ようやくやって来ました。入り口に着いたら、もう花が溢れてる。ワンダーランド!

 

球根がいっぱい! こちらはチューリップ、裏面にもユリやヒヤシンスとか色々。別の壁面には水仙ムスカリ。一球ずつ売っているコーナーも他の場所にありました。

 

やっぱりこの季節はシクラメンですね。入り口付近にたくさん並んでいました。
最近は花がチリチリ縮れているのや花びらが紐状に細いのとか、色もバリエーションがあって、これがシクラメン? と驚くものもありました。

 

お客さんがたくさんいるので、写真は遠慮しましたが、手前は色々なお花がいっぱい。奥へ行くと庭木などがところ狭しと並んでいます。

こんなものまで売ってるのね! という植物が続々と現れる。

モミの木も1メートル〜1.8メートル 4サイズの注文ができます。

レモンやキンカン、オリーブなどの果樹も。

そしてビオラ、パンジーも充実していて、迷いすぎて選べない。
数えなかったけど、平台がいくつもある。それとは別に手前の方には新品種などのコーナーが。

お高い新品種も次々売れていくみたい。

ずいぶん悩んだけど、今年は黄色、紫系だったので、雰囲気を変えて、えんじ、紫、クリーム、白系にしてみました。

 

前回来たときは、舞い上がってすぐに苗を買ってしまい、2階があるのに気づかないまま帰ってきてしまったので、今回は苗を買う前に2階も覗いてみたので、次回に。

 

秋バラ尽くし5

セレブとロイヤルファミリー

横浜イングリッシュガーデンの秋バラから、本日は2つのバラを紹介します。

この黄色いバラは往年のハリウッドスターの名前がついています。
誰だと思いますか?

ヒント1 男性です。

ヒント2 お子さんやお孫さんも俳優になりました。

ヘンリー・フォンダ」Jack E. Christensen アメリカ 1995年

 

答えは、ヘンリー・フォンダです。
黄色いバラがお好きだったそうです。

ヘンリー・フォンダ(1905-1982)はアメリカの映画界で長いキャリアをもち、世界的にも名の知れた俳優です。

実際に映画館で見た作品となると、彼の最後の作品となった「黄昏」(1981)だけ。
キャサリン・ヘプバーンと老夫婦役。実の娘のジェーン・フォンダも娘役として出演しました。
この時の演技で、ヘンリーは76歳でオスカーを手にしています。(キャサリンも主演女優賞受賞)

5回も結婚したそうですが、女優となった娘ジェーン・フォンダの母は、ジェーンが12歳の時にヘンリーの浮気が原因で自殺。その3ヶ月後にヘンリーは後妻を迎えました。そのような経緯もあって、父娘(息子のピーターとも)の間には確執がありました。

しかし、ジェーンは長年の確執を解消したいという思いもあったのか、自ら芝居で上演されていた作品の映画化権を買い、父のために企画した映画「黄昏」で父にオスカーをもたらしたのです。

 

ジェーン・フォンダが50歳くらいの時に、何かのインタビューで「今も自分探しをしているの」と語っているのを読んで、若かった私は、50歳にもなってまだ自分探しをしているなんてお気の毒にと、ちょっと小馬鹿にしたような気分になったことを覚えています。今だったら、浅はかなのは自分だとわかりますが・・・

 

最近はNetflixで「グレイス&フランキー」に出演。
歳をとっても美にこだわり、女を捨てない生き方、昔は疎ましく思ったけれど、自分が歳をとった今は、全然目指していない方向だけれど、頑張っている先達として頼もしい感じがします。

今、ちょっと彼女のことを調べたら、今年の9月にがんになったのを公表していました。治療がうまく効いて、お元気で仕事を続けられるよう願っています。

 

バラの話からそれました。「ヘンリー・フォンダ」は、開いた状態のを見たせいか、あまり個性的な雰囲気はないように思います。でも濁りのない黄色、おおらかな咲き姿がアメリカ人俳優に合っているかな。


「バラの名前は人々が覚えられるものをつける」と語っていたTom Carrut氏はこうも言っています。「すばらしい名前は平凡なバラを助ける」。
Carrut氏は白バラの「ジョン・F・ケネディ」に物足りなさを感じていたようで、例としてあげていました。

 

 

「ロイヤル・ロマンス」Gerrit De Ruiter 作出 オランダ 1980年以前

これはまた美しいバラですね。「ロイヤル・ロマンス」という名前、ぴったりです。

しかし・・・このところあちこちで ”ロイヤル・ロマンス” が物議を醸していますね。
そっとしておいてあげれば、と思うけれど、やんごとなき方々のロマンス、ゴタゴタは庶民の娯楽、なのかな?

 

作出者の Gerrit De Ruiter氏は1913年にバラ育種会社のデ・ルイター社を設立。
デ・ルイター社はオランダの世界最大規模の生花中央市場があるアールスメール近郊にあり、主に切り花と鉢植え用の小型のバラ、ポットローズを育成しています。

また切り花品種からガーデンローズに導入した個性的な色や形のバラも人気があるそう。近年の作出では「アンティークレース」(2001年)「カフェ・ラテ」(2005年)など。

 

秋バラ尽くし4

かわいいバラ3種

黄葉とバラの取り合わせ。これで青空だともっといいのですが・・・

ベティ・ブープ」Tom Carruth 作出 アメリカ 1999年

撮っている時はピンとこなかったけれど、ベティ・ブープって「ベティちゃん」のことでした。

1930年、パラマウント映画のアニメーション作品に登場した架空のキャラクター。
味の素のイメージキャラクターになったりもしました。

ぱっちり目にぽってり唇、クリクリの髪の毛、大きな輪っかのイヤリング。
私の学生時代にもキャラクターグッズがありました。一個くらいは何か持っていたかも。
しかし、ボンキュッボンのスタイルで、肌露出の多いミニドレスを着てたり、今見るとずいぶんお色気のあるキャラです。キャラの設定では、16歳なんだとか。

可愛らしいキュートなバラ、ベティ・ブープですが、交配親はプレイボーイ×ピカソなんだそう。

 

作出者のTom Carruth氏は、Jackson & Perkins、Armstrong nursery を経てWeeks Rosesへ入社。140超の品種を生み出し、アメリカで最も権威あるバラのコンクールで、オール・アメリカン・ローズ・セレクション賞(AARS)を11回も受賞しています。
ベティ・ブープ」でも1999年 AARS受賞。

バラの名付けについては、
「バラの名前は、人々が簡単に覚えられる名前にしたいと考えています。お店に買いに行った時に、名前が思い出せない場合は、名前が正しくないのです」と語っています。

 

2012年にWeeks Rosesを退社した後、ロサンゼルスに近いパサデナにある、The Hungtingtonのバラ園のキューレーターになりました。

The Hungtingtonはもと鉄道王の邸宅が図書館になっており、広大な敷地内に美術館、世界中の植物を集めた植物園があります。本格的な日本家屋のある日本庭園もあって、アメリカ的なスケールの大きさがうかがえる。
アメリカにはなかなか足が向かないけれど、行ってみたくなります。

 

「ホット花巻」伊藤幸男作出 1996年

花巻温泉バラ園の園長をしていた伊藤幸男氏作出のバラ。花巻温泉で初めて作られたオリジナル品種。
何か郷愁を感じさせるような素朴でかわいいバラですね。

花巻温泉バラ園は、宮沢賢治によって作られた花壇の跡地に1960年に開園。
現在も賢治設計の日時計花壇があり、広さ約5000坪の敷地に約450種、6000株をこえるバラが四季折々に花を咲かせるそうです。

温泉&バラ鑑賞、行ってみたい・・・

 

そういえば、「日本のバラの父」と呼ばれた鈴木省三氏は幼い頃、植物好きの父上が庭で育てていたバラを家族みんなで楽しんでいたそうです。
そのバラというのが「グルス・アン・テプリッツ 」というバラで、宮沢賢治も育てていたバラでした。
その縁で、花巻市から鈴木氏に、思い出のバラとして、グルス・アン・テプリッツが贈られたことがあるそうです。

「グルス・アン・テプリッツ Gruss an Teplitz」というのは、「作出者・Rudolf Geschwind の故郷・テプリッツへの挨拶」という意味の名前で、和名を「日光」といい、明治期から日本でも栽培されていたそうです。


「ザ・インポスター」Meilland 作出 フランス 2006年

ピンク地にスパッタリング風の模様が目を引くバラ。

名前のImposterは「詐欺師」という意味ですが、どういう経緯での命名なのかはわかりませんでした。
バラだけど、バラっぽく見えないからかな・・・?

秋バラ尽くし3

「ピンク色」と一括りにはできないけれど・・・

横浜イングリッシュガーデンの秋バラを紹介しています。
ピンクも様々、6種のバラ。

 

ティファニー」Robert V. Lindquist 作出 アメリカ 1954年

Lindquist氏の曾祖父と祖父はフィンランドで育種家をしていました。
彼の父親もスウェーデンとイギリスで育種に携わっていましたが、カルフォルニアに本拠を置くバラ販売会社のチャールズ・W・ホワード氏のパートナーとしてカルフォルニアにやってきました。
幼い頃からそうした環境で育ったので、Robertさんもバラ育種の道へ進み、ホワード氏の息子たちと共に仕事をするようになりました。

ティファニー」の名前はニューヨーク発祥の高級宝飾店ティファニー&カンパニーにちなみます。

 

「芳純」鈴木省三作出 1981年

「ミスター・ローズ、日本のバラの父」と呼ばれた鈴木省三氏(1913-2000)のバラ。
元気よく咲いていて、とてもいい香り。
大振りの花で園内でも目立っていました。
鈴木氏が資生堂からの依頼で開発したバラで、オールドパルファムの香りになりました。

 

「オードリー・ウィルコックス」Gareth Fryer 作出 イギリス 1985年

風が強くて、花を写真の中心におさめるのが難しかった・・・

 

「ユー・アー・ビューティフル」Gareth Fryer 作出 イギリス 2012年

上の二つのバラはイギリス、マンチェスター近郊のバラ育種生産会社フライヤー・ローゼス(1912創業)のバラ。作出者のGareth Fryer氏は3代目。

「オードリー・ウィルコックス」の方は、John Wilcox という方も作出に関わっているらしいのですがよくわかりません。Johnさんに関係のある方のお名前をとったのでしょうか。ピンクに黄味が差す、美しいバラですね。

「You're beautiful」は、自分で撮った写真を見ても、こんな花だったかな?という印象ですが、状態の良い時の花の雰囲気とだいぶ違うと思います。
数々の受賞歴のあるバラ。また撮り直してあげないと。

 

シャトルーズ・ドゥ・パルム」Delbard フランス 1996年

名前はスタンダールの小説「パルムの僧院」に由来。

こちらも題名は知っているし、映画もありましたね・・・
いつか読もう、いつか見ようと後回しにしている案件が増えていく。

 

このバラはフランス・デルバール社(1935年創立) の「 Les Souvenirs d'Amour Parfumes(愛の香りの記憶?)」というシリーズの一つです。

このシリーズは、香りがよく、艶やかな色合い、クラシックタイプの花型で、四季咲きのバラを集めています。

Google翻訳ですが、デルバールのカタログ紹介では、「官能的でロマンティックな香り」「子供の頃の思い出」「再発見された幸せな瞬間」・・・などの言葉が。

フランスのバラ紹介のサイトではこのバラについて、「紫でもピンクでもない、色褪せたシルクの豊かな色合いが懐かしく妖艶なバラ」と表現されていました。
う〜ん、フランスっぽい。

 

「オーキッド・マスターピース」Eugen S. "Gene" Boerner 作出 アメリカ 1960年

これはもうだいぶ咲き進んだところですね。萎れてきても味わいがあります。

Eugen S. "Gene" Boerner氏は1893年ウィスコンシン州生まれ、ドイツ系。
Jackson & Perkins に勤め、特にフロリバンダローズの研究で有名で、「パパ・フロリバンダ」と呼ばれたそう。
1966年に亡くなりました。Jacson & Perkisでの45年のキャリアの中で60種を超えるフロリバンダの品種を開発したそうです。

 

ちなみに、「オーキッド・マスターピース」はハイブリッド・ティー(大輪、四季咲き)です。

ざっくりの理解で言うと、
バラは大まかに、原種、オールドローズ、モダンローズの3種に分けられます。
オールドローズの2つの系統を掛け合わせてできたのが、ハイブリッド・ティーで、モダンローズの先駆けとなりました。

ハイブリッド・ティーポリアンサ系統(日本と中国のバラがルーツ)のバラを交配して作られたのが、フロリバンダです。
フロリバンダとは「花束」を意味し、一つの茎に一つの花が付くのではなく、枝分かれして房咲きになり、多数の花(中輪)が付く四季咲き性の品種を言います。

秋バラ尽くし2

横浜イングリッシュガーデンの秋バラ

春の勢いはないけれど、2200種類ものバラがあるという庭は、次々と目を引くバラが現れて、ワクワクします。

 

「マダム・ブラヴィ」P.Guillot 作出 フランス 1845年

赤い茎、ほのかに差すピンクがすてきです。

マダム・ブラヴィがどんな方かわかりませんが、このバラからお人柄に想像を巡らすと、物語が生まれそうです。

 

「マダム・高木」寺西菊雄 作出 2007年

この上品な薄紫色のバラは、園芸研究家・バラ栽培家の高木絢子(たかぎ・あやこ)氏に捧げられたバラ。
高木氏は50年以上に渡り、自宅の庭で200株ものバラを育ててきた方だそう。
著書も多数。バラ好きの方は「趣味の園芸」などでもお馴染みでしょうか?

 

ニューウェーブ」寺西菊雄作出 2000年

前出の「マダム・高木」の作出者でもある寺西菊雄氏は、1934年、兵庫県生まれ。50年に渡り、育種家として100種もの品種を作ってこられたそうです。
名前は波打つ花びらに由来するのでしょうか。優美なひらひら、見入ってしまいます。

 

「正雪(まさゆき)」京成バラ園芸(平林浩)作出 1992年

「正雪」って、由井正雪からじゃないよね?と一見して思ったのですが・・・

由井正雪の乱」という言葉は記憶されているけれど、その内容は忘れていました。

由井正雪駿府静岡県)出身の江戸期の軍学者
徳川3代将軍・家光の時代に多くの大名が減封・改易されたことで浪人が増加。合戦もなくなり、再就職できない浪人の生活は困窮を極めていました。
家光の死後、正雪は幕府の政策を批判し、浪人の救済を挙げて各地で浪人を募り、幕府転覆を図ります。しかし密告によって計画が露見し失敗、正雪は自刃しました。
この事件などを契機に、幕府は浪人対策を見直し、武断政治から文治政治へと舵を切ったのでした。

バラをきっかけに日本史のおさらいをしてしまいました。
ところで、このバラの名前が由井正雪に由来するのかは不明です。でもたっぷりと堂々とした咲きぶり、キリッとした名前の字面、響きは、男性的なイメージがあるように思います。
ちなみに静岡の名酒「正雪」は由井正雪に因んだネーミングだそうです。

 

最後は、以前にも紹介した「ボレロ」メイアン作出 フランス 2004年

このグラデーション、うっとりしてしまいますね。
咲き進んだ姿、マジックを見るよう。

名前はフランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875-1937)が1928年に作曲したバレエ曲に由来します。